「DAZN(ダ・ゾーン)」。この名前を聞いたことがない人は、もはやほとんどいないだろう。サッカーJリーグと「2017年シーズンから10年間で総額2100億円」という巨額の放映権契約を締結し、世間をあっと驚かせた英Perform Group(パフォームグループ)が展開するスポーツ専門のストリーミング配信サービスである。国内の会員数はサービス開始1年で100万人を突破している。

 DAZNのインパクトは、ライブで見ることに価値のある“放送コンテンツの聖域”に、「OTT(over the top)」と呼ばれるネット配信がついに浸透し始めたことを強く印象付けたことだ。それだけではない。「将来的にスポーツのライブ配信はテレビ放送からOTTへ移行する」と強気の姿勢を見せている。

 ところが、Perform社とは“何者”なのか。日本ではあまり知られていない。2017年11月10日、CDN(Content Delivery Network)サービス最大手の米Akamai Technologies社の日本法人が主催したイベントに、Perform Group CTOのFlorian Diederichsen(フロリアン・ディデリクセン)氏が登壇した。同氏の講演要旨を2回にわたってお伝えする。

英Perform Group CTOのFlorian Diederichsen氏。アカマイ・テクノロジーズが2017年11月10日に開催したイベントの講演に登壇した
英Perform Group CTOのFlorian Diederichsen氏。アカマイ・テクノロジーズが2017年11月10日に開催したイベントの講演に登壇した
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OTTに必要なアセットがそろった

 私は世界最大のスポーツデータ企業の英Opta社に2006年から在籍し、同社とPerform Group社の合併に伴って2014年にPerform社(設立は2007年)に入社しました。

 Perform社はロンドンに本社を構えるデジタルベースのスポーツコンテンツ・メディア企業で、2500人以上の従業員を擁しています。世界23カ国で展開するサッカーサイト「Goal.com」などのWebサイトの運営や、大会・リーグ運営団体などの公式映像のみを配信するプラットフォーム、そしてブックメーカー(賭け屋)へのデータ提供などを主な事業としています。

Perform Groupの事業構成。DAZNのほか、世界的なサッカーサイトの運営や、公式映像の配信プラットフォーム、ブックメーカーへのデータ提供などを行っている(図:Perform Group)
Perform Groupの事業構成。DAZNのほか、世界的なサッカーサイトの運営や、公式映像の配信プラットフォーム、ブックメーカーへのデータ提供などを行っている(図:Perform Group)
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 こうした事業を通じて、OTTを展開するために必要なすべてのアセットを備えるようになったため、今から約2年前の2016年にDAZNを立ち上げました(展開地域は、日本以外にドイツ、スイス、オーストリア)。

 なぜ、OTTに参入したのか、皆さんには理解しにくいかもしれません。従来の放送だったらアンテナがあればコンテンツを受信できるのでより簡単にできると思うでしょう。でも、パラダイムが変わったんです。OTTの代表格である「Netflix」などが一般に広く受け入れられているのがその象徴です。

コンテンツに多額投資できる理由

 OTTサービスは自分たちで開発しなければならないという難しさはありましたが、「どこでもいつでもスポーツ中継を見られるようにする」にはOTTしか選択肢はありません。電車に乗っている時も、会社で暇な時も、もちろん自宅のテレビでちゃんと見る時も…。

 そしてOTTは放送と比べてコストのレベルが全く異なります。例えば、衛星放送なら人工衛星を打ち上げて軌道に乗せ、使われても使われなくてもチャンネルを確保しなくてはいけません。一方、OTTならスタジオを持つ必要がありませんし、ライブイベントではすぐに編集して映像を届けることができます。

 もう一つ重要なのは、OTTは必要であれば好きなだけチャンネルを提供できることです。Jリーグだと、週末であれば同時に21程度の試合が開催されることがあります。一方、平日には試合があまりありません。我々はトランスポンダー(中継器)を保有しているわけではないため、そこに投資する必要がありません。そうなるとコスト構造が全く違ってくる。その分、コンテンツに投資ができるわけです。この部分は本当にうまく機能していると思います。

DAZN for docomo(ダ・ゾーン フォー ドコモ)は月額980円(※docomoを利用中の顧客の料金) (写真:写真:田村翔/アフロスポーツ)
DAZN for docomo(ダ・ゾーン フォー ドコモ)は月額980円(※docomoを利用中の顧客の料金) (写真:写真:田村翔/アフロスポーツ)

放送局より低い投資で品揃え

 DAZNのユーザーインターフェースは、Netflixと同様にタイル状のものです。タイルに映画の代わりにスポーツコンテンツが入っています。ライブ中継もたくさんあります。

DAZNのコンテンツラインナップ。サッカーのUEFAチャンピオンズリーグおよびUEFAヨーロッパリーグは2018年シーズンから配信予定
DAZNのコンテンツラインナップ。サッカーのUEFAチャンピオンズリーグおよびUEFAヨーロッパリーグは2018年シーズンから配信予定
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 Netflixよりちょっと進んでいるのは、我々はPPV(pay per view)ではないことです。つまり、1回お金を支払ったら後はコンテンツを見放題です。DAZNが提供するコンテンツをすべて見るには、従来はおよそ5つの衛星放送に加入する必要がありました。そうなると利用料金はかなり高くなります。チャンネルを覚えるのも大変です。そこで、こうしたコンテンツのラインナップを1つにまとめました。

 DAZNではJリーグの試合は、J1からJ3まですべてを観戦できます。海外サッカーではUEFAチャンピオンズリーグ(2018年から)のほか、ブンデスリーガ、プレミアリーグ、ラ・リーガなど欧州サッカーはほぼすべてを用意しました。米国スポーツではNFLやMLBなど、日本でよく見られているコンテンツをラインナップしました。中にはニッチなものもあります。放送局だとコンテンツを追加するのに放映権が高額になりますが、我々の場合はさほど投資がかさみません。

 DAZNでもう1つ重要なのは、どの端末でもサービスを受けられることです。市場に出ている95%の端末をカバーしています。ユーザーは、何らかのコンテンツを見るために新しい端末を買いたいとは思っていません。だから、我々は市場占有率が2~3%の端末でも対応することにしました。スマートテレビでもタブレットでも。

1年で7500試合以上を配信

 日本市場に参入してこの1年を振り返ると、合計で7500以上の試合を配信しました。世界でこれだけの規模でスポーツの試合を配信している事業者は他にありません。イベント数では日本は1位です。視聴時間については合計で2200万時間を提供しました。これは2500年分の動画に相当します。

 もう一つ興味深いのは、ユーザーはモバイルで簡単に見たいけど、しっかりと見るのはリビングルームのテレビで見たいと考えていることです。ただ、日本では他国と端末別の視聴傾向が少し異なります。というのは、NTTドコモとパートナーシップ契約を結んでいるため、「DAZNはモバイルサービス」と見られている傾向があります。実際、日本では多くの人がスマホでスポーツ中継を見ています(下の図からアクティブユーザーの約60%)。

日本での端末別視聴傾向(図:Perform Group)
日本での端末別視聴傾向(図:Perform Group)
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(後編に続く)

スポーツイノベイターズ オンライン 2017年12月8日付の記事を転載]

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