コマツで社長などを務めた安崎暁氏(80)が先月、東京都内のホテルで「感謝の会」を開いた。がんで医師から余命が短いと診断され、少しでも体力のあるうちにお世話になった人たちに挨拶がしたいと個人で企画。いわゆる「生前葬」だ。高齢化を背景に、人生をどう締めくくるかという終活への関心が社会的に高まる中、一石を投じそうだ。

個人名で新聞広告、1000人が来場

 感謝の会は都心の有名ホテルの大広間で実施。コマツや取引先、業界団体、学校関連、安崎氏がライフワークとした日中交流関連など様々な縁のある約1000人が来場した。開催にあたり、個人名で新聞広告を出し、会の趣旨や概要を発表。著名企業のマネジメント経験者ということもあり、一部で大きな反響を呼んでいた。

「感謝の会」後の記者会見で時折笑顔を見せた安崎氏
「感謝の会」後の記者会見で時折笑顔を見せた安崎氏

 報道機関は会場内の取材は許されなかったが、参加者によると、安崎氏の故郷である徳島県の阿波踊りが披露されて雰囲気を盛り上げるなど、明るく和気あいあいとした様子だったという。会場の外でも旧知の人との再会を喜ぶ参加者同士の姿が多く見られた。

 ここで参加者に配布された冊子の骨子を引用する。

 「私がこのような異例な形で感謝の会を催しましたのは、本年(2017年)10月、入院検査の結果余命が短いかもしれないとの診断を受けたためであります。つい半年前まで長寿健常の生活を楽しんでいた私にはまったく予期せざる診断でした」

 「先のことは『神のみぞ知る』で全くわかりませんが、まだ元気な今のうちに皆様方に感謝の気持ちをお伝えしたいと思った次第。いかなる運命もこれを私の天命と受け止め、残された時間をQuality of Lifeを大切にして家族と共に静かに過ごしていく所存であります」

 冊子にはこのほか、略歴などとともに、好きな言葉なども記してある。

 好きな言葉の筆頭にあるのは「事業の進歩発展に最も害をなすものは青年の過失に非ずして老人の跋扈である」(住友二代目総理事の伊庭貞剛)だ。

延命治療はしないと選択

 会の終了後、安崎氏は記者会見を開いた。移動は車いすだったものの、質疑応答に対して時に笑顔を交えながら終始はっきりとした口調で受け答えしていた。

 引退後のこれまでの余生は、人のため、家族のため、自分のため、という3つの分野に時間を大きく分け、旅行や趣味である読書やゴルフなどを楽しんでいたという。

 安崎氏は終活のあり方について、年齢や病状、家庭環境など個々人によって考え方や価値観は異なるとしたうえで、「人生で巡り合った人たちと握手し感謝を伝えることができ満足している」と語った。様々なリスクを伴う延命治療などには否定的で、「人生楽しんできた。ジタバタしたくない」という自身の死生観を説明した。

 近年は昭和風のやや画一的で本格的なお葬式に対する反動もあって、費用対効果を重視する家族葬など小規模なものにシフトしつつある。ただ、一方で「亡くなったことを関係者が後から知ることも多く、友人や職場関連など社会的な関係を整理する機会が乏しくなった」(葬祭業界の関係者)との声もある。

 そこで、生きているうちに何かできないか、とのニーズがジワリと高まっているようだ。クラブツーリズムが先月から生前葬のプロデュースや、エンディングノートの書き方といった講座開催など終活ビジネスに本格参入したほか、公益社なども強化している。

 もちろん、どのような最期を迎えたいか、終活のあり方、葬儀の形は人それぞれの価値観や事情によって違う。どれが正解、といったものはない。

 ただ安崎氏のように、自分は公私ともに充実した人生を送ることができた、というある種の達成感をもって晩年を迎えることができるのは幸せだと思う。

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