100年以上に渡って積み重ねられ、維持されてきた巨大で堅固な金融機関の事業モデルや業務プロセス、情報システムが大きく変わり出す。2018年はその年になるだろう。海外フィンテック(FinTech)サービスの日本進出や東京五輪に備えた国内金融機関の取り組みが進み出すからだ。

 変化の方向は、キャッシュフリー(現金決済の効率化・不要化)、ペーパーフリー(事務手続きの簡素化)、組織フリー(任意の場所でサービス提供)だと表現できる。スマートフォンやAI(人工知能)を駆使したフィンテックサービスが三つのフリーを加速させる。

三つのフリーが開く新世界

 三つのフリーによって様々な近未来像が描ける。一般消費者にとってはスマートフォンで送金や決済を簡便かつ低コストで処理できる範囲が広がる。銀行界全体で電子マネーを発行し、消費者はマイナンバー・カードと合わせて利用すれば安全かつ簡単に決済できる。

 AIスピーカーやIoT 家電(インターネットに接続した家電)を通じてワンタッチで通販の注文と決済をした後、多様な付随サービスを利用できる。例えば節電するとその分の電気代が自動的に貯金されるサービスなどである。

 生活における金融機能の組み込みは銀行よりも保険が先行するかもしれない。走行履歴を保険料に反映させる自動車保険や、ウェアラブル・デバイスで歩行数や心拍・血圧などをモニタリングして生命保険料に反映するサービスが本格化する。

 企業では第4次産業革命と称して製造工程管理やマーケティング、セールス活動の高度化が進み、そこに商流ファイナンスが組み込まれる。全国銀行協会は金融EDI(電子データ交換)を推進するために、2018年末までに全銀XMLシステムを稼動させる予定だ。石橋を渡らないとされてきた金融業界が政府の後押しを受けながら、金融サービス高度化に乗り出している。

見えてきた数々の問題

 フィンテックについてはメガバンクが先行してサービスを開始した。オープン・イノベーションと称して既存の金融機関と新規参入者が仲良く協業してサービスを始める様子はいかにも日本的だが、様々な試行を通じて当初意識していなかった多くの展望と問題が見えてきた。

 三つのフリーの推進にはいくつかの問題を解決しなければならない。2018年に次のような光景が出現し、問題の所在がはっきりするだろう。

 「更なるカスタマイズ」対象顧客を細分化して開発したサービスであっても使いやすさを求めて更にカストマイゼーションを加えるようになる。

 フィンテックの顧客インタフェースの中心はスマートフォンになる。ところが金融資産を持つ高齢層のわずか19%しかスマートフォンを使っていない。音声アシスタンスやAI、VR/AR(仮想/拡張現実)を使って、ユーザーインタフェースをさらに使いやすくすれば引き込めるかもしれない。

 「商品・サービス数の急増」次々に商品やサービスを提供することになり、種類や件数が急増する。

 新サービスの開発スピードが桁違いに速くなり、顧客の要望に応え、競合に対抗するためである。

 「取引量の増大」増大する取引量は現行システムの処理能力を遥かに超える。

 スマートフォン決済やデジタルマネーが普及すると、顧客は24時間365日いつでもスマートフォンから取引の起動操作をするようになるためだ。金融機関が取引量を制御することが難しくなっていく。

 「新旧システムの維持」フィンテックなど新サービスは顧客対応や営業に関わるフロントオフィスの仕組みと位置付けられ、既存のバックオフィスのシステムとは異なり、新旧システムの並存を余儀なくされる。

 これまで金融機関は事務を効率化するため、事務を集中処理するバックオフィスを中心に、業務プロセスや情報システムを用意してきた。新しいフロントと従来のバックを連携できればよいが簡単ではない。多品種の複合商品サービスを管理する仕組みが必要となるが、現行のシステムにその余力はない。

 「担い手の交代」フロントで使用するテクノロジーも、その使い方も、コスト構造も従来と全く異なるため、それを主導する職員や協力するITベンダーの顔ぶれは変わる。

 わが国のソフト開発生産性の現状は世界から劣後しているが、フィンテックの広がりは新興ベンダーが飛躍する機会でもある。セキュリティを懸念する向きもあるが、日本独自の秘密分散割符技術などで、実務上許容レベルで防御することは可能だ。

 「有料化の検討」フィンテックサービスの多くは無料だが、人手や紙を使う対応を求める顧客が増えた場合、有料化を検討せざるを得ない。

 フィンテックサービスの開発コストは数百万円か高くても数千万円で済む。ところが、従来のバックオフィスと連携させると途端にコストも準備時間も膨れ上がる。また、古い商品・サービスを維持するために口座維持手数料が必要になるかもしれない。

2018年は経営判断の年に

 以上のように短期的に見ると、金融機関にとってフィンテックは収益増にもコスト減にもならない。

 それでも顧客中心、フロント重視という新たなビジネスモデルへのシフトは避けられない。既にメガバンクは1万人規模の社員数削減、店舗統廃合を含めた構造改革に着手した。

 フィンテックは金融機関のフロント、バック双方における構造改革を推進する原動力になる。フロントへの投資が優先され、フロントに合わせた新たなバックオフィスが用意されていくだろう。

 新旧の仕組みを併存したままではコスト削減にならない。規制当局は経営者に対し、新たに採用するものと捨てるものとの峻別をタイムリーに判断するよう、求めるはずだ。2018年は経営判断の年になる。

(本記事は『2018世界はこうなる The World in 2018 (日経BPムック)』に掲載された『情報技術で金融を一新、経営判断で成否は左右』を編集し、転載したものです)

島田直貴(しまだなおき)
金融ビジネスアンドテクノロジー代表。1971年大学卒業、日本アイ・ビー・エムに入社。金融業界担当の営業・営業企画・コンサルティング部門に勤務。アジア太平洋地域金融マネジメント・コンサルティング部門責任者を最後に退職、2000年4月に金融ビジネスアンドテクノロジーを設立。金融機関のlT 戦略・営業戦略立案を得意とし、数多くのコンサルティング、著作がある。

英The Economistの別冊「The World in 2018」日本版の独占翻訳権を日経BP社が獲得、「2018 世界はこうなる」として発行。40カ国で毎年発行される「The World in」は信頼性のある世界予測として高い評価を得ている。朝鮮半島や中国などアジア情勢、テクノロジーがビジネスやファイナンスに与える影響、といった記事を収録。

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