商品の墓場──。8年前にエステーに入社したときのオリエンテーションで「返品作業所」を見学して衝撃を受けました。山のように積まれた新品同様の商品が役割を果たすことなく仕分けられ、最終処分に向けてトラックに積み込まれていくのです。
3年後、社長に就任した私はその光景が忘れられず、必ず返品削減を果たすと心に誓いました。
しかし、返品は自社の努力だけでは減らせません。卸と小売店を巻き込んだ取り組みが必要です。だから、最初に取り掛かったのは両者と信頼関係を築くことでした。挨拶回りをしながら、各社の経営状況や社風を把握。私の返品削減の方針などを伝え、理解してもらえるまで2年かかりました。
そして社長就任3年目、いよいよ改革に着手。まず卸にちょっとした働きかけをしました。
エステーでは毎年、全国から卸の担当者60~70人を募り、工場視察研修を行います。工場見学、説明会議や懇親会などの行程に、旅行のハイライトとして新たに返品作業所の見学を組み込みました。
参加者は、真新しい商品が続々と生み出される工場を見学した直後に、ただ処分するためだけに集められ、うず高く積まれた商品を目の当たりにするわけです。
百聞は一見に如かず。誰もが一人の人間として、かつての私と同じ衝撃を受けるはずだと思いました。実際、工場視察研修後の感想文に、ほぼ全員が返品作業の見学で湧き出た感情を記していました。表現は様々でしたが思いは一つ。
「何とかして返品を減らしたい」
返品率の目標値を設定
人が行動を変えるのは、心が動いたときです。卸の担当者が研修旅行から帰ると早速、エステーの営業担当者と卸の担当者で返品率の目標を決めてもらいました。
特に返品率の高い防虫剤や使い捨てカイロに関して、数字を改善してほしい小売店をリストアップ。個別具体的に対策を考えました。
返品削減に秘策はありません。必要なのは、メーカーの営業と卸、小売店が細やかなコミュニケーションを重ねることです。
なぜなら、返品の起点となる小売店が置かれている状況は1店舗ずつ異なり、しかも刻々と変化します。だからメーカーと卸には、その動きを個別に見ながら速やかに、かつ柔軟に対策をとることが求められます。
ポイントは3つあります。1つは、小売店に新商品を入れる際、その店に合った納品数を決めること。2つ目は、商品を入れた後、店の売り上げデータを全国やその地域の他店の数字と比較しながら今後の売れ行きを的確に予測すること。3つ目に、売れ行きが鈍った商品の発注止めが手遅れにならないように素早く決断することです。
動きをいち早く察知できれば、ある店で商品が余っても、他の店で受け入れられるケースが多くあります。同じ卸と取引している店舗同士で融通して、不足している店舗に送ればいいのです。
こうして返品を減らす仕組みができました。
成果の共有で社員が動く
もちろん、エステー社員の意識を変えることが大前提でした。私は2つの働きかけをしました。
まず、全国の支店長たちを返品作業所に連れて行きました。ただ見せるだけではありません。返品の山を分けて、どの支店の返品数が多いのかがひと目で分かるようにしたのです。荒療治ですが、言葉で説明するよりも、事の重大性がしっかり伝わります。
そして、いざ返品削減が進み始めると、今度はその成果を数字で具体的に説明しました。
「皆さんの努力でこのたび、ある商品カテゴリーで返品処分のコストが2億円減りました。考えてみてください。2億円の利益を出すのにどれほどの努力が必要か。返品を減らすことで、それと同じだけの成果が上がったのです」
成果の共有は何よりの説得力になります。「返品を減らす商談に行こう!」。こんな掛け声が社内で聞かれるようになりました。
現在エステーの商談には、売り上げを伸ばすためのものと、返品を減らす目的のものとの2種類があります。
実は今日も支店長会議がありましたが、各支店長から今期の目標として、返品率を何%から何%に下げるという宣言が相次ぎました。数年前はなかったこと。ぐっと細かな収益構造にまで踏み込んだ目標設定へと変わったのです。
メーカー1位の評価獲得
2016年12月、思いがけずうれしい出来事がありました。毎年、首都圏の日用品卸の組合が実施している主要メーカーの評価アンケートがあります。そこで初めてエステーが1位に選ばれました。昨年7位からの急浮上です。
アンケートの評価項目は、「店頭価格安定度」「返品対応満足度」「販促金透明度」「売上貢献度」「利益貢献度」で、それぞれのポイントの合計点で順位が決まります。
エステーは今回、特に「返品対応満足度」に対する評価が高くて1位になりました。
かつてはリベートを多く払うメーカーが上位にきていたとも言われるこのランキング。卸とメーカーの関係性を変え、業界の健全化にも貢献できた気がします。
(構成:福島哉香、この記事は、「日経トップリーダー」2017年7月号に掲載した記事を再編集したものです)
登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。
※こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。