(日経ビジネス2018年2月5日号より転載)

近い将来、AI(人工知能)が多くの職を奪う可能性が指摘されている。 そうした時代を生きる子供たちには、これからどんな教育をすべきなのか。リーダーたちがAI時代の教育論を語る新連載。第1回は澤田秀雄氏だ。

(写真=竹井 俊晴 )
(写真=竹井 俊晴 )
Profile
1951年 大阪生まれ。実家は菓子の製造卸を営んでいた
66年 大阪市立生野工業高校に入学。紀伊半島一周や北海道を旅する*1
73年 独マインツ大学に留学。50カ国を旅したほか、日本人出張者向けのツアービジネスを手掛ける*2
76年 ビルマ(現ミャンマー)で肝炎にかかり、生死の境をさまよう
80年 エイチ・アイ・エスの前身となるインターナショナルツアーズを立ち上げる*3
96年 スカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立
2010年 ハウステンボスを買収し、社長に
18年 約3カ月間、海外を視察の予定
<sup>*1</sup>
*1
<sup>*2</sup>
*2
<sup>*3</sup>
*3

 今回、日経ビジネスの「AI(人工知能)時代の教育論」という連載をお受けするにあたり、まずは私自身の近況からお話しします。なぜなら、このテーマを語る上では、非常に重要なことだと思うからです。

  私は今年3月から、エイチ・アイ・エス(HIS)グループの経営の視野を広げるために、3カ月間ぐらいの予定で視察を兼ねて海外に1人で出かけます。昨年末、あるインタビューでこの話をしたところ、「一人旅に出る」と書かれて誤解を招きました。会長兼社長の私が、経営をほったらかしにして1人で旅に出るのかと。

 驚かれた方もいらっしゃるようですが、ご心配には及びません。訪問先では現地スタッフが対応してくれるので安全ですし、投資家や社員、お客様にはご迷惑をかけません。会社の経営会議にはインターネットなどを使って遠隔で参加し、コミュニケーションはいつでも取れるようにしておきます。それに、社内には経営を任せられる人材が数多く育ってきているので、日々の経営には問題はありません。

 むしろ今、私がすべきことは、劇的 に変化し始めた世界をこの目で確かめ、 視野を広げることだと考えています。経営者として、自分の原点である「旅」をして、もう一度この目で今の世界を見てみたい。そのために、あえて全世界を視察する時間を作ることにしました。

 アフリカや中東など、若かった時に 訪れた場所に行けば、その変化に驚か されるでしょう。その土地の景観も人 の暮らしも、まるで変わっている国も あるでしょう。その変化を自分自身で 体験することが、今後の経営には不可欠だと考えています。

 デジタル技術が急速に進歩したことで、私たちはインターネット上でどんな情報も簡単に手に入れることができるようになりました。日本に居ながらにして、経営をしていくため必要な情報の多くは手に入るでしょう。

 しかし、そうした情報は、誰もが手 に入れることができるものです。はたして、そうした情報だけを頼りにして、 他人と違う視点で新しい時代を切り開くサービスを生み出せるでしょうか。 私がこのビジネスを始めるきっかけが 一人旅だったように、自分自身が実際 に世界を旅し、世界の変化をこの目で 見て、肌で触れることが、AI時代に誰 にも負けない事業を生み出す上で欠か せないと思っています。

一人旅が人間の器を大きくする

 教育も同じです。蓄積された知識から何かを導き出す能力は今後、AIが人間を上回るかもしれません。知識を詰め込む教育だけでは、AI時代を生き抜けないのは明らかです。私たちは、教育のあり方を、詰め込み型から新しいことを発想できるようなものに、徐々に変えていかなければなりません。それは、誰もが同意するところでしょう。

 では、どのような教育が望ましいのでしょうか。生きていくための最低限の知識は必要ですが、むしろ、子供が想像力を自由に働かせて、何事にも能動的にチャレンジできるような場を与える教育が必要でしょう。

 それには、世界を旅させることが近道なんですよ。物理的に景観も暮らしも日本と全く異なる場所に行くと、人間はそこで生きていくために、おのずと体の底からエネルギーが湧いてくるものなんです。

 文化や生活習慣の違いなどを肌感覚で体験すれば、生きるエネルギーや想像力が高まります。それは、海外旅行の経験がある読者の皆様にも、納得していただけると思います。特に、感性が強く、吸収が速い若い時に世界に触れると、その傾向は顕著になります。学校が主体的にやる、やらないというのはさておき、親は子供に学校を休ませてでも、世界を旅させた方がいい。

 大きな夢に向かって世界で巨額買収を繰り出している孫(正義ソフトバンクグループ会長兼社長)さんは、高校を中退して米国の大学で学びましたよね。感性と吸収力のある若い時期に世界に出たり、ものすごく尊敬できる人物に出会ったり、自分の常識を覆すような異文化に接したりすると、人間としての器が大きくなります。それが、将来、時代を切り開いていくリーダーとなるエネルギーを生み出すのです。

 どんどん新たな事業にチャレンジする人が多くなればなるほど、その分、成功する人の数は増えますよね。事業に失敗しても、別に死にやしません。またやり直せばいいんです。世界を旅すれば、何事にもそれぐらいの気持ちで向き合える器を手に入れられます。

宇宙飛行士になりたかった

 私は幼い頃から冒険が好きでした。高校時代に紀伊半島を自転車で一周したり、北海道を1カ月かけて旅行したりしました。本当は宇宙飛行士になって、月や火星に行くことに憧れていました。余談ですが、今でも月と火星に行く夢はあきらめていませんよ。ただ、当時は月や火星に行けなくても、地球なら見て回れると考えて旧西ドイツに行き、マインツ大学に留学して、そこを拠点に50カ国以上を旅しました。

 それはリュックサックを背負っただけの貧乏旅行でした。バナナと水だけで1日を過ごすということもよくありました。アフリカに行った時はお金がなくなって、途中からヒッチハイクでドイツに帰りました。ドイツでは生活費と旅費を稼ぐために、出張で来た日本人を相手にビジネスを始めました。夜の歓楽街をガイドするナイトツアーです。それが当たって、ビジネスの楽しさに目覚めたのです。

 日本に帰国して、1980年に格安航空券を販売するインターナショナルツアーズ(現HIS)を起業しました。96年にスカイマークエアラインズ(現スカイマーク)を設立して、2010年には経営難に陥ったハウステンボスをグループ傘下に収めて再建するなど、挑戦を続けてきました。最近では、ロボットが接客する「変なホテル」の展開にも力を入れています。

 そんな私の経営者としての資質は、親からうるさいことを言われずに、自由奔放に育てられたからこそ身に付いたものかもしれません。親が私のやることに強く反対したのは、高校卒業後に海外に出ることを決めた時くらいでした。一人息子なので、このまま海外で食べていけるか、だまされるのではないかと、心配だったのでしょう。

 それでも、親戚を味方につけて親を説得し、最終的には仕方ないなと納得してもらいました。ドイツに留学してからは、たまに手紙を出して、「元気です」と書くだけでした。親としては、色々と言いたいことはあったと思いますが、それを私に伝えようとせず、結構自由にさせてもらいました。見守ってくれていたのですね。

一人ひとりが創造力を発揮しないと、
社会が行き詰まってしまう。

 もちろん、小学生くらいまでは、危ないことをしていたら親に叱られていました。夢中になって外で遊んでいて夜の9時くらいまで帰らないと、よく怒られました。赤信号を渡ったら危ないとか、沼があるから気をつけなさいとか、そういうことも言われていました。やはり、小さい頃は経験値が少ないですから、安全にかかわることや善悪にかかわることは、しっかりと教えなければなりません。

 しかし、それ以外は子供の自由にさせるべきだと思います。その方が自分でモノを考えますし、失敗したら自分の責任ですから。親にやらされていると、子供は何事も親のせいにしますからね。一人旅がいいのは、親に頼れない中で、途中でけがや病気、失敗をしても、その全てが経験値になり、想像力や発想力が豊かになることです。

 実際、私もドイツから帰国する途中のミャンマーで重篤な肝炎にかかって、生死の境をさまよったことがありました。肝炎になると脂っこい食事や栄養を取り過ぎるとダメなんですよね。当時の私はそれを知らなかったので、おいしいものを食べたら治ると思っていました。それが逆に症状を悪化させ、そのうち顔が茶色くなって、100mも歩けなくなりました。

 結果的にはタイで近代的な治療を受けることができて、九死に一生を得ました。この時、死の恐怖や絶望を経験したことで、死ぬ時に後悔しないよう何でも挑戦すべきだと思うようになりました。これも、親が敷いたレールの上で失敗したのではなく、自分が招いた失敗だからこそ、そう自覚できたのだと思います。

旅に出ないと日本人は老化する

 こうした自分自身の経験から、私は息子をほったらかしにしてきました。その分、妻が面倒を見てくれていましたが、小学校、中学校、高校を通じて私はほとんど何も言いませんでした。大学は米国やオーストラリアに留学していたので、なおさらどんな学生生活だったか知りません。

 その息子は、「ベストワンクルーズ」というクルーズ専門の旅行会社を起業しました。私と同じ旅行業界にいますが、私は一切関知せず、息子は自由にやっています。相談に来れば話を聞きますが、資本は出さない、経営のアドバイスもしない、役員にもなりません。

 やはり、親はあまり子供の人生に関与しない方がいい。最近は過保護な親が多いのではないでしょうか。小さい頃から塾に通わせて、入学式はまだしも、入社式にまで付き添う親がいると聞きます。それはやり過ぎです。過保護に育てたり、塾などで効率よく知識を詰め込ませたりする教育は、もう通用しなくなります。親が子供に習得してほしいと考える知識やスキルなんて、AIが代替してしまいますよ。

 私が若かった30~40年前は高度経済成長期でした。たくさんの企業戦士を育てないといけないので詰め込み型の教育がよかったのかもしれませんが、今はもうそういう時代ではありません。これからは一人ひとりが創造力を発揮し、新しいものを作っていかないと、社会が行き詰まってしまいます。

 居心地のいい国内に安住して、動かないままだと、日本人のエネルギーはどんどん小さくなり、年齢に関係なく老化が進みます。デジタル化が進むと自分が動かなくても情報やモノが手に入るようになるので、人間のエネルギーはどんどん落ち、考え方も保守的になっていくような気がします。今の日本では、こうした現象がどんどん広がっているのではないかと、心配です。

 最近、日本の若者を見ていると、やはり安定志向が強くなっていると感じます。日本は安全だし、わざわざ海外に出ていく必要はないと考えているのかもしれません。快適な部屋の中でスマートフォンを操作している方が居心地がいいのでしょう。それでも、人間は手を切れば血が出ます。人間の本質は昔から何も変わっていない。自分の目で見て、肌で触れる体験に勝る学びはないのです。

 政府は19年から1人当たり1000円の国際観光旅客税(出国税)を取ります。400億円くらいの税収になり、観光インフラの整備に使うといわれています。もちろん、訪日需要の喚起も重要でしょうが、むしろその資金を日本の若者が海外で学ぶために使うことも考えてもいいのかもしれません。それくらい大胆な発想で、未来を担う子供たちには旅をさせるべきなんです。

アイリスオーヤマの大山健太郎社長

まずは会員登録(無料)

登録会員記事(月150本程度)が閲覧できるほか、会員限定の機能・サービスを利用できます。

こちらのページで日経ビジネス電子版の「有料会員」と「登録会員(無料)」の違いも紹介しています。