昨年、ある人の紹介で、日本人と変わらないレベルで日本語を操り、実際に日本の企業で活躍されている外国人の方とお会いする機会がありました。その方とは、そのあとも数回メールでやり取りしましたが、書く方も達者で、「言葉を学ぶ」という次元をとうに越え、日本人と変わらないレベルに到達しているのがよく分かりました。

 彼が日本語の勉強を始めたのは、何と20歳のときです。また、彼が言うには、日本語を学んだのは自分の国で3年間学んだのが主で、来日して日本で2年間学校に通ったものの、日本に来た段階ですでにかなり話せたので、さらに磨きをかけるため級友や先生と日本語で会話をするようにしていたそうです。また、ライティングについても日本の2年間でたくさんの添削指導を受け、それがとても役に立ったということです。

 母国にいたまま、たった3年でそれなりに話せるようになったというのはとても興味深い話で、当然ながら根ほり葉ほりその勉強方法を尋ねることになったのですが、彼のとった方法はある意味で斬新極まりないものでした。なぜなら、今の日本の英語教育の流れと完全に逆行するものだったからです。それは、また偶然、私が日本で実現できれば良いと考え、英語教育の問題など一夜にして解決すると30年来願っている方法と極似していました。

 前回に続いて、またもや炎上必定、「参考にならなかった」の山を築くことになりそうですが、20歳から自分の国で「外国語」として日本語を学び、今実際に日本において仕事をしている人が言う方法ですので、参考にする価値はあると思います。

 一点だけチェックがいるのは、私がお会いしたときには、彼はすでに数年日本に住んでいたという点です(現在29歳)。数年の滞在というのはとても大きく、5年以上海外で生活した人(帰国せずに頑張り通した人)は、かなりのレベルに到達します。しかし、そうはいっても、語学は何といってもやはり出発点が大切です。つまり、基礎、基盤。それを自国でしっかりと築き上げ、日本に来て磨きをかけたというのはやはり凄いことです。さて、では彼が取った勉強方法とはどんなものだったのでしょうか。

 まず第一に、それはズバリ、「母語をフルに活用した方法」でした。この点について、彼は当然のこととばかり、スラリとこう言ってのけました。「意味が分からないと言葉は身に付けようがありません。ですので、つねに母語を参照して、自分が学んでいる日本語がどういう内容を伝えようとしているのかを確認していました。ある程度のレベルに到達するまでは、母語による基盤作りが大切だと思います。でも、一定のレベルを越えると母語を使うことがマイナスになることも起こり始めます」―――実にリアルな言葉です。ただ、ひとつ注意しないといけない点は、彼が勉強し始めたのが20歳だったということです。もし、小学生低学年、さらには幼稚園から英語の授業をすべて英語で教えるとしたら、話は多少変わるのかもしれません。私自身は、母語優先・母語活用が近道であると考えていますが・・・。

 そもそも、英語科だけの授業で少しばかりオールイングリッシュにしたところで、相当集中的に行わない限り、生徒は無意識のうちに日本語で考えますし、ごくごく初歩的な内容ならともかく、少し高度な内容になると、この人が言うとおり、意味が明確につかめなくなります。

 唯一の利点があるとすると、それはある程度の動機付けになるということでしょう。しかし、その場合も、先生がしっかりとした話し方で生徒に鮮烈なインパクトを与えるというのが、大切な点ではないかと思います(※)

(※)もちろん、フィリピンのように、国語以外は全部英語で教えられ、日常生活においても英語が使われることが多いといったような特殊な環境では話は別です。でも、そのフィリピンにおいてさえ、とんでもない発音で、文法・語法的にも怪しい英語を話す人が結構いると聞きます。

 彼は、さらに興味深い点に触れました。それは何と、彼が母国で受けた日本語教育では文法が重視されていたということです。しかし、彼自身は運用力の方、つまり「使えるかどうか」という事に興味があり、文法の話は聞き流していたと。このあたりのセンスは流石だと思いました。私などは、まじめに自動詞は何か、他動詞は何か、補語とは何かなどと考えて大変なことになりましたので・・・。以前にも触れましたが、今の文法教育には不要な語、不要な解説が多過ぎます。

 さて、彼がつぎに話した点が、語学(外国語としての)はこうあるべきだという核心を突くポイントではないかと思います。彼が取った学習方法、それは「徹底した朗読」でした。日本では「音読」ということが多いですが、ここでは敢えて彼の言った言葉をそのまま使っています。

 意味を十分に確かめた上で、声に出して読む。徹底的に読む。言葉が自分の体の一部になるまで、徹底的に読み上げる。ロールプレイ(ペアを組んで疑似的に会話をする)などの小賢しいテクニックは一切なし。とにかく声に出して読み上げる。徹底的に読み上げる――。生徒を能動的に学習に巻き込むアクティブラーニング、情報の格差を利用するコミュニカティブ・アプローチ、様々な先進の指導技術が実施されているこの21世紀に、なんとレトロな「時代遅れの方法」でしょうか。

 ここで一点大切なのは、彼はこのレトロな学習を、級友たちと「競い合って行った」という点です。なぜ競い合ったかというと、彼の日本語の先生は、(文法を教える一方で)朗読の大切さを教え、教室で生徒にどんどんと当て、みんなの前で朗読させ、発音の矯正まで行ったというのです。もちろん、「みんなの前で」というのがポイントで、ここで「競争」が生まれた訳です。

 この2文字が彼の上達のキーワードであったことは間違いありません。「競争」なんて本当に原始的な、稚拙な動機付けですが、学習を深めるという点ではアクティブラーニングと同じような効果があると思います。というか、語学に関しては、これこそ“元祖アクティブラーニング”であるかも知れません。

 それにしても、達人の原点が朗読とは・・・。

 しかし、言葉の学習とは、結局のところ、「どこまで深く言葉を記憶するか」ということに尽きます。ですから、競い合って朗読を行ったとすると、それが強力な基盤を形作ったということは容易に想像できます。

 この、「深く言葉を記憶する」という点に関して、彼は発音の重要性を力説します。正確な発音を身に付けると、脳がその音に敏感になり、リスニングなどをしていても、また会話をしていても、記憶に残りやすくなるというのです。言われてみれば確かにそうかも知れません。

 さて、ここで私の長年の夢について少しだけお話しますと、アクティブラーニングもよし、コミュニカティブ・アプローチもよし、実際に私もそういったことをしています。しかし、「母語を活用した、競争しながらの朗読」―――これほど成果を出しやすく、本人にも他人にも明確に進歩が分かるものは無いように思います。

 小賢しい技やテストなど一切不要。評価は、①立たせて朗読させる、②一枚の紙を配って朗読内容を文字で書かせる、これでおしまいです。朗読の採点が大変なら、(決まった内容なので)AIに判定させれば良い。書く方も、並び替えや穴埋め問題の形にすれば良い。単純明快。それでも強力な基盤ができることは100%間違いありません。

 例えば、中学の教科書を例に挙げてみましょう。日本語で和訳、区切り訳を付け、それを参照しながらオーディオを聴いて朗読すれば、ほんの20~30時間程度で3年分の英語を身に付けることができるはずです。中学の教科書は、文法的にとても精密に組み立てられていますので、「ただの朗読=文法規則の獲得」になることは間違いありません。

 つづりについては、朗読と並行して少しずつやります。読める状態であれば、つづりははるかに覚えやすくなります。文法的な正確さをさらにあげたいのなら、簡単なパターン・トレーニングを付属させ、それも朗読させてしまえば良い。とにかく、徹底的に朗読させる。

 センター試験に代わる新しい形式の評価方法についても、4技能を見るというのなら、中途半端な会話テストやライティングテストなどせずに、例えば、あらかじめ500セットぐらいの課題をレベル別に決めておいて、各レベルから5セットずつを出題するといったアチーブメント方式にすると、受験者も採点者も、そしてもちろん先生も、あれこれ悩む必要はなくなります。しかも、「テストの結果=英語力」に限りなく近くなる。

 応用力については大学に入ってからやれば良い。

 そう、これは完全な「詰め込み教育」です。あってはらない「詰め込み教育」、存在してはならない「詰め込み教育」です。しかし、もし、その500セットの英文が、論理整然とした英文、流れるような構成のスピーチであればどうでしょうか。「単なる詰め込み教育」が「極めて高等な英語力の基盤作り」に成り得ます。・・・とはいえ、本当に“夢”ですね、これは。

 さて、実は私はもう一人、日本人としか思えない流暢さで仕事をされている方を知っています。その方は女性ですが、実に品のある綺麗な日本語を話され、初めてお会いしたときに鮮烈な印象を受けたものです。ところが、驚いたことに、彼女も徹底的な朗読を級友たちと競い合って行ったのが原点だったというのです。これは単なる偶然の一致なのでしょうか、それとも・・・。

 英語に関する限り、私たちの能力は30%程度しか引き出されていません。これはとても残念なことです。このコラムでは、どうすれば残りの70%の能力を発揮できるかについて、日本語を活用するという手法を中心にさまざまな観点からお話ししていきます。

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